スペインは歴史の街。紀元前3,000年ころアフリカから渡ってきたイベロ族、その後フェニキア人、北からのケルト人、ローマ人、ゲルマン諸族、そしてイスラム勢力の拡大とともにやってきたベルベル人。多様な民族の混合は、長い歴史の中でこの国独特の文化・風俗・習慣を生みだし、人間模様を織りなしている。
このようなスペインの多元的であり多様な歴史は、今でも街のあらゆるところに壮大なドラマを秘めて残されている。スペイン各地に残されている『古城』を訪ねると、この国のもつ入り組んだ複合性を垣間みることが出来るでしょう。

第20城 グラナディーリャ
(カセレス県)

●建設年代:15世紀
●保存状態:修復済み
●アクセス:プラセンシアからN-630を北上し、29km付近からサルサ・デ・グラナディーリャ(Zarza de Granadilla)へ。ここから、林道を進む(標示がないので、村で聞く必要あり)。
●見学:(一応、プラセンシアのツーリスト・オフィスにて確認のこと)
●周囲のみどころ:プラセンシアからは、東に向かって<C-501>ラ・ベラ、北東のアビラ方向<N-110>にヘルテ、北のサラマンカに向かって<N-630>アンブロスという、3つの谷が伸びる。ヘルテは、いわずと知れた桜の名所で、3月中頃が満開。ラ・ベラは、グレドス山脈の南の裾野。山々が春を堰きとめているかのように、ぽかぽかとして気持ちがいい。ミモザの黄色が、まだ冬色の背景に映える。パプリカとタバコの産地。アンブロスは、一面の緑。プラセンシアから林を抜けると、右にトラスラシエラの山々、左には瑞々しい緑の牧草地が広がる。エルバスの辺りは栗の産地。それぞれに個性があって、プラセンシアは、一旅で三旅分美味しいのだ。


グラナダに示小詞がついてグラナディーリャ。19世紀までは、「グラナダ」と呼ばれていたそうです。村の起源は、アル・アンダルスの時代。つまり、イスラム教徒によってできた村と推測されており、村を囲む市壁の土台は、この時代の建築です。
12世紀、アルフォンソ8世がプラセンシアをレコンキスタした時に、この付近もカスティーリャ王国の領土となり、その後、グラナディーリ ャは、様々な領主の手を経て、1446年、アルバレス・デ・トレドの手に渡ります。村の入口の右脇、市壁の外に建つお城は、1470代に、この一族により建設されたものと考えられており、アルバレス・デ・トレドが治めた周辺地域で、行政の中心になっていたようです。1830年まで、同家の所領でした。
矩(く)形の塔と、その四方に半円塔が付いただけの小ぶりのお城。この村の市壁には塔が付いていないため、望楼の機能を考慮した建築だったのだろうと想像できます。
四方に円塔を加えることで、弓矢の射程幅を増やし、村の入口の防禦(きょ)を固めることもできる。面白いのは、市壁の外にあり、外部に向かっては城壁がないこと。小さな窓が各塔に2つずつついているだけの頑丈な外壁は、城全体が市壁の役目も果たしています。逆に、入口が村側にあるため、こちら側の防備は厳重。城は、村に向かって、狭間付きの立派な城壁に守られています。まるで、外敵よりも内部の敵の方が恐ろしい…といった感じ。城内、小さな窓から入る外光は、中の階段までは届かず、昼なお暗い、陰気な城。懐中電灯持参をお奨めします。
1960年代、すぐ近くにガブリエル・イ・ガラン・ダムが建設され、耕作地も含めて周囲の土地が水没。陸の孤島となったグラナディーリャは、廃村となってしまいました。その後修復された市壁の周りにはユーカリが茂り、木々の切れ間からは、ダム湖の水面にキラキラと反射する陽光が美しい。市壁の中は家々の跡が残るだけですが、村の中央広場だけは、色鮮やかに飾られて盛時に近い姿を取り戻しています。人影のない広場は映画のセットのようではありますが。
ダム湖の辺りでピクニックというプランにも惹(ひ)かれますが、昼食は、N-630を北上して、是非、エルバス(Hervas)で。大きなユダヤ人街があったことで有名な村。テンプル騎士団の所領であったこともあり、高台から村を見下ろすサンタ・マリア教会は、要塞さながらの風貌です。ここの名物は、アンブロスの牧草地で育った牛と豚。お昼どきには、肉を焼く美味しそうな匂いが漂ってきます。

小林真紀


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