スペイン国盗り物語
古 城 を 巡 る 旅
スペインは歴史の街。紀元前3.000年ころアフリカから渡ってきたイベロ族、その後フェニキア人、北からのケルト人、ローマ人、ゲルマン諸族、そしてイスラム勢力の拡大とともにやってきたベルベル人。多様な民族の混合は、長い歴史の中でこの国独特の文化・風俗・習慣を生みだし、人間模様を織りなしている。
このようなスペインの多元的であり多様な歴史は、今でも街のあらゆるところに壮大なドラマを秘めて残されている。スペイン各地に残されている『古城』を訪ねると、この国のもつ入り組んだ複合性を垣間みることが出来るでしょう。

第7城 ハランディーリャ・デ・ラ・ベラ城(カセレス)

早春のラ・ベラ地方は本当に気持ちいい。グレドス山脈の南斜面にぽかぽかと陽光が降り注ぎ、ミモザの黄色が枯木色の山間に鮮やかに映え、透明な雪解け水があちこちに流れ出して、丸ごと、春だぁ! って感じです。
ハランディーリャが近くのプラセンシアとともにレコンキスタされたのは、12世紀のこと。ここに最初のお城を築いたのは、テンプル騎士団の騎士修道士たちです。サンタ・マリア・デ・ラ・トーレ教会は12世紀に建設された要塞。後に教会になりましたが、屋根の胸壁や飾り気のない鐘楼は紛れもない要塞の跡。
14世紀に入ると、この辺では、アルバ公爵家の土台を築いたアルバレス・デ・トレド家が着々と足固めを始めます。現在も続くこの名門貴族の祖先は、トレドのモサラベ(中世イスラム支配下のキリスト教徒)であったらしい。11世紀末トレドのレコンキスタ時には既に地元の有力家でしたが、その後、代々のカスティーリャ王に忠誠を尽くし、その報酬として次々に領地を授かり、財を成していきます。ハランディーリャも、1369年、エンリケ二世によりフェルナンド・アルバレス・デ・トレドに与えられました。 
現パラドールである城館は、15世紀、このフェルナンドの孫のフェルナンドが建設したもの。分厚い城壁こそ、要塞としての風采を備えていますが、中はむしろ宮殿風。殊に、パティオに面した二階建てギャラリーが美しくて、このパティオでお茶を飲むには少々肌寒いのが残念です。
ハランディーリャから西に10キロ。トルマントス山脈の麓に、カルロス五世(一世)が1558年に亡くなるまでの晩年を過ごしたユステ修道院があります。1555年に譲位を宣言した王様は、痛風に悩まされながら、遥々と輿(同修道院に展示中。小さくてビックリ)に揺られて1556年11月、ハランディーリャ到着。修道院内の邸宅建設が終わるまで、3か月間をこの城で過ごしたそうです。カルロス五世はこの時、ハプスブルグ家の宮廷に仕えていたフランドル人をたくさん連れて来ました。近くのクアコス・デ・ユステ村は、このフランドル人たちの村だったとか。フェリペ二世の異母弟、ヘロミン少年(後のフアン・デ・アウストゥリア)が育った村でもあります。力強い声でこう語るユステ修道院のガイドの兄さんの、しゃくれぎみの顎に、ティツィアーノが描いたカルロス五世を思い出して、勝手に納得。

小林 真紀

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